共進化 ーツバキとツバキゾウムシの攻防戦ー
執筆:北海道札幌市 北嶺中・高等学校 理科教諭 佐藤 孝治
「多様性を大切にしよう」というフレーズをよく耳にしますね。 我々人間の多様な個性を互いに認め合い尊重しようといった「社会的な」意味合いで「多様性」という言葉を使用することも多いですが、ここでお話しするのは、「生物学的な多様性」、つまり、地球上にこんなにも多様な生物が存在することについてのお話しです。
みなさんは、ツバキゾウムシ(図1)を知っていますか。本州、四国、九州、朝鮮半島に分布するゾウムシの一種です。象のように長い口吻(こうふん)を持っていて、これを使ってツバキの実に穴をあけ(図2)、その穴に、おしりにある産卵管をさして産卵する昆虫です。そしてその幼虫は、ツバキの実の中の種子を食べて成長し、実から脱出していきます(図3)。
(図1 ツバキゾウムシ)
さて、ツバキ側からすれば、種子を食べられるというのは一大事です。苦労して作り上げた種子は、まさに自分の大切な子。次の世代へと自分の遺伝子を残すために、せっかく苦労して作り上げた我が子が、発芽すらできないまま幼虫に食べられてしまうわけですから大変な事態です。これは、鳥に実を食べられるのとはわけがちがいます。鳥であれば、実を食べても、消化できない種子は糞の中に出しますので、ツバキは我が子を別の場所に運んでもらって分布を広げることができるため、この場合は両者が互いに利益を得られる関係です。でも、ツバキゾウムシは種子そのものを食べしまうので、ツバキはただただ、子が食われることになり、ツバキに何もいいことはありません。
(図2 ツバキの実に穴を開けているツバキゾウムシの雌)
(図3 ツバキの実の断面。右下に見える細い穴が、ツバキゾウムシの雌によって開けられたもの。2カ所開けられたあとがあるが、うまく目標にとどかなかったために、再度開け直したものと思われる。右上の太い穴は、幼虫が脱出した跡。)
さて、ここで面白い事実があります。ツバキゾウムシが分布する地域のツバキの実は、他の地域のツバキの実よりも大きく、そして、日本に600種程いるゾウムシの中でも、このツバキゾウムシの口吻はとても長く発達しているのです。この二つの事実は何を意味していると思いますか。
実はこの事実から、両者の攻防戦がみえてきます。
右下に見える細い穴が、ツバキゾウムシの雌によって開けられたもの。2カ所開けられたあとがあるが、うまく目標にとどかなかったために、再度開け直したものと思われる。右上の太い穴は、幼虫が脱出した跡。ツバキからすれば、なるべく我が子が食べられにくいように、ツバキゾウムシの口吻が届かないような大きな実をつくって、被害を防ぎたいことでしょう。一方、ツバキゾウムシからすれば、大きな実の奥にある種子まで届くような長い口吻を持つことで、確実に卵を産みつけたいことでしょう。そして実際、そのように進化してきた結果が、現在見られる「ツバキの大きな実」と「ツバキゾウムシの長い口吻」なのです。もちろん、彼らが「こうなりたい」と考えているわけではないですし、希望して今ある自分のからだの特徴を変えていくことはできませんので、このような特徴は1世代の間に獲得できるものではありません。進化とは、世代を超えて起こる変化であり、世代が進むにつれて、お互いの特徴が進化してきたのです。それはまるで、ツバキとツバキゾウムシそれぞれの、「攻防戦略」のように見えます。
【ツバキ側の戦略】(防御側)
ツバキの子の中に、他よりも大きな実をつけるタイプの子が偶然生じる → ツバキゾウムシの口吻が届きにくい(図4)→ 種子が被害を受けずに済む → 種子は発芽して次の世代を残せる → その次の世代も大きな実をつける遺伝子を持っている可能性が高い → 大きな実をつけるタイプの子が前よりも多く生じる → さらに被害を受けにくくなる
【ツバキゾウムシ側の戦略】(攻撃側)
ツバキゾウムシの子の中に、他よりも口吻の長いタイプの子が偶然生じる → 大きなツバキの実にも確実に卵を産みつけられる → 幼虫が育つことができる → 次の世代を残せる → その次の世代も長い口吻をつくる遺伝子を持っている可能性が高い → 長い口吻を持つタイプの子が前よりも多く生じる → さらに確実に卵を産みつけやすくなる
このような、それぞれの攻防戦略ともとれる状況が繰り返され、世代を追うごとに、より有利な特徴へと進化してきたわけです。有利な特徴をもつ子が生まれるという幸運な偶然と、それによって得られる利益の結果、ツバキの実はどんどん大きくなり、ツバキゾウムシの口吻はどんどん長くなって、今に至っています。
この現象を「共進化」といいます。まさに、相手と共に進化していく現象です。相手がいてこそ進化できるとも言えるでしょう。ツバキとツバキゾウムシの関係に限らず、生物界をのぞいてみると、これと同じような関係性をもつ生物がさまざまに見られます。もちろん、生物同士にみられる関係性のすべてが共進化を引き起こすわけではありませんが、他にも多様な関係性が生物同士に存在しており、それらが生物を進化させてきた結果、地球上にはこのように多様な生物が存在しています。偶然と幸運を得て、途切れることなく世代と世代を繋いできた遺伝子が、我々を含めたすべての生物の中に存在しています。今ある生物の多様性を大切にすることというのは、現在まで途切れることなく続いた生物の歴史をも、丸ごと大切にしていることになります。そして、多様な生物がいてこそ起こる相互関係が進化のきっかけであることも考えると、ますます生物の多様性を大切にしたいものですね。また、冒頭に触れた「社会的な」意味での我々の多様性についても、「多様な他者がいてこそ自分の進歩のきっかけとなる」と考えてみてほしいと思います。多様性を大切に。
進学教室浜学園