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「テレビの無い時代の本も面白い!」

執筆: 四天王寺高等学校中学校 国語科教諭 坂本慈香


皆さんはどんな本が好きですか。本の登場人物を通して、私たちは様々な経験ができます。大人として働いていたり、違う国で生活をしたり、難問を解決したり、仲間と冒険をしたり、魔法が使えたり。本当に内容は様々です。誰もが同じように読むことができますが、感じ方はそれぞれの経験によってはっきりと印象づけられたり、何気なく通過してしまうものもあると思います。もちろん、何気なく通過してしまった言葉も、生きていく上で様々な気持ちの揺れを経験していけば、もう一度同じ本を読んだときに「あ!あの時の気持ちか」とググッと言葉に近づいていけます。

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「うれしい」「楽しい」「悲しい」「腹立たしい」など、気持ちを表す言葉はたくさんあります。実際に生活していると常に新しい刺激を受けて様々に気持ちは揺れます。胃の中には何も入っていないのに、ぐるぐるかき混ぜられてずっしりと重たくなるようなモヤモヤなど、きっちりスパッと言い表せない「ドキドキ」「モヤモヤ」「ハラハラ」なども存在します。その形にしにくいものが、文字という形で姿を現してくれているのが本です。

テレビの無い時代の本というのは、皆さんの日常に道具や言葉遣いがいっぱいあって読みにくいかもしれません。でも、同じ人間ですから、感じるものは実は一緒です。

まずは、ある男が手紙を読んでいるシーンをご紹介します。


私ははっと思った。今までざわざわと動いていた私の胸が一度に凝結(ぎょうけつ)したように感じた。私はまた逆に頁をはぐり返した。そうして一枚に一句ぐらいずつの割でさかさに読んで行った。私は咄嗟(とっさ)の間に、私の知らなければならない事を知ろうとして、ちらちらする文字を、眼で刺し通そうと試みた。

(『こころ』夏目漱石)


「文字を目で刺し通す」ブツッ、ブツッ、ブツッ、ブツッと一文字ずつ穴をあけて確認しているように緊張感が漂っていませんか。目のことしか書いてはいませんが、前の体温がぐっと下がって手紙を持つ手に力が入っていて、手元に集中するために背中は前のめりになっていて、手には汗もじんわり出てきていそうで……ということを想像できたでしょうか。カメラマンならばカメラを遠い所から映し始めてどんどん近づいて顔をズームにして映し出したり、思い切って目元のみの画面にしたり、といったところでしょうか。


続いて、偶然乗り合わせた汽車の中での出来事です。


するとその瞬間である。窓から半身を乗り出してゐた例の娘が、あの霜焼けの手をつとのばして、勢よく左右に振つたと思ふと、忽ち(たちまち)心を躍らすばかり暖な日の色に染まつてゐる蜜柑(みかん)が凡そ(およそ)五つ六つ、汽車を見送つた子供たちの上へばらばらと空から降つて来た。私は思はず息を呑んだ。

(『蜜柑』芥川龍之介)


汽車は真っ黒い煙をモクモクと出しながら、今の電車以上にガタンゴトンと揺れて進みます。振動と音が響きますね。機関車トーマスのように可愛いものではなく無骨な雰囲気の真っ黒い汽車の窓から「心を躍らすばかり暖な日の色」の蜜柑が外へブワッと広がるように投げ出されるのを想像してみてください。すごく美しい色と共に、「蜜柑」という文字を見た瞬間に香りが思い出されませんでしたか。実際にはみかんは皮を剥くと香りがします。ここでは別に蜜柑を剥いて投げてはいません。しかし文字を見ると爽やかな香りが記憶から引き出されてきます。そしてこの場面に絡むのが文章の最初から描かれている主人公の気持ちなんですが、それは読んでのお楽しみ。

五感を思いっきり使って文字の力を味わい、想像していくことが楽しいと感じられる読書をぜひ経験してください。


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